特集:孤独な若者たち 〜なぜ彼らは封印指定魔法を使ってスイーツを作るのか

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“魔法の歴史とは、すなわちおいしいスイーツの歴史である”

スイーツにまつわる言葉は数あれど、この世界で最も知られているのはゼノア・イルマリアの残した言葉だろう。

かの偉大なる魔法使いは、時間を極限まで圧縮させることで、材料さえ用意すれば即座にスイーツを作れる魔法を発明した。

しかし、スイーツの歴史の果てに待つものが暗黒であるのならば、魔法の歴史の果てに待つものもまた、暗黒なのかもしれない。

Maho ONLINEは、近年若者の間で流行している新興魔法サークル「パラノイア・メタノイア」を取材した。

パラノイア・メタノイアとは

パラノイア・メタノイアについて、『素晴らしき封印指定魔法の歴史』や『何故賢者は絶望を呪文にしたのか』、『邪神創造』等の著書を残しているセテラ・クタニ氏はこう語った。

「最近の若者は…などという言葉は好きではありませんが、『最近の若者でなくてよかった』と心の底から思います。
パラノイア・メタノイアは、人生が上手くいっていないなどといった悩みがある孤独な若者を、言葉巧みに勧誘します。

悩みなんてなにもないさ! 一緒にクッキーを作ろう! マドレーヌでもケーキでもいいよ! …という言葉でね。

その言葉に乗ってついて行くと――皆で仲良くスイーツを作ることになります。

最初は月に何回か。それから週に何回か。最後には泊まり込みで――という具合で。本人の意思ですから、対策のしようがありません。洗脳魔法の使用形跡もありませんし、捕縛することも難しい。

スイーツ作りが比喩? いえ、そういうわけではありません。文字通り、スイーツを作るのです。

ただ、その工程でパラノイデアルを使うのが問題です。みなさんご存知の通り、パラノイデアルはどんな偉大な魔法使いでも破滅させる危険な魔法ですから。

検挙は無理でしょう。かつてあった治安維持省が残っていて、私が省の人間だったら、施設に破壊魔法でも撃ち込むでしょうが」

パラノイデアル(正式名称:妄想を触媒とした衝動性創造魔法)は生命倫理の問題、術者及びその周辺に対する危険性から47ヶ国で封印指定を受けている。

パラノイデアル撲滅キャンペーンや、スクールカウンセラーによる思春期の学生に対するケアにより、近年ではパラノイデアル発生事案は減少傾向にある。しかし、発動の発作性、隠蔽性の高さから完全封印は非常に難しいのが現状である。

「高等詠唱について何も学んでいなくても使えるのが、パラノイデアルの恐ろしいところです。

魔力も必要なければ、法則(魔法)を気にする必要もない。妄想と現実の区別が付かなくなったら、魔力が暴走を起こして妄想が現実に創造される恐ろしい魔法です。

パラノイデアルを使えば現実と妄想の区別がつかなくなりますが、本質はそこではありません。魔力暴走で妄想が具現化する際、魔力が不足した分は術者の魂を消耗して発動されます。大抵の場合は暴走と同時に術者死亡、運がよくても廃人になってしまいます。

思春期が終わると大多数が使えなくなることだけが救いです。結局、パラノイデアルは誇大妄想狂の奇跡ですから。

魔力暴走で具現化するものにも限度があります。神様や魔王を創るのは、一人の魂じゃとても足りません」

パラノイア・メタノイア支部への潜入

我々Maho ONLINE取材班が向かったのは、東エルメイラ国内にある比較的新しい集合住宅である。

一見、何の変哲もない様子であるが、住民は皆パラノイア・メタノイアの関係者であるのだという。

住民は若年層が多数であるが、中年層の人間も混ざっている。彼らもまた、パラノイア・メタノイア関係者なのであろうか。

取材班を出迎えたのは、小学部に通う年頃にしか見えない少年であった。

「遠、い場所か、らようこそ、い、らっしゃ、いました」
(編集部注:読点の位置がおかしいように思われるかもしれないが、彼の発言を正確に表現するために、敢えてこのような表記をさせて頂いていた。話し方は以降もこのようであるが、読みやすさを考慮し通常の表記に戻す)

彼はこの施設の支部長と名乗り、真実を知って欲しいと取材を了承してくれた。苦しみから解き放たれたような笑顔を浮かべているが、その話し方はどこかおかしい。

「僕たちのすることは一つ。スイーツを作ることです」

彼はそう言って、集合住宅の一部屋を丸々改装したらしいキッチンへ案内してくれた。

そこには、全員が一様に笑顔を浮かべてパイ生地をこねる、甘ったるい匂いの充満した異常な空間があった。

彼らは何をしているのか、という質問に対し、支部長はこう答えている。

「彼らは僕と同じように、社会から排斥された人間です。
社会で普通の幸せを掴めないのならば、ここで幸せを掴めばいい。我々は彼らに新しい幸福を提供しました。

つまり、スイーツ作りです。

誰も彼らを傷つけたりはしません。僕たちは今、甘ったるいスイーツの世界にいるのです」

我々はその後も会話を交わし、施設の休憩室や共同生活の様子を見た後、パラノイデアル使用疑惑について切り出した。

「使用していると言えば、使用していると言えますし、していないと言えばしていないと言えます。

パラノイデアルは個人の妄想に世界を合わせる世界改変魔法……というか魔力暴走です。その代償として術者の全てが壊れるのです。

それに対して、我々は思想を共有し、スイーツの材料発生という小さい目標の上で創造を行っている。法則を無視しているのではなく、新たな法則を作っているだけ。なので、そもそもの発生原理として、パラノイデアルではないわけです。思考からの創造魔法自体は、法的に危うい部分はありますが。」

緩やかに狂っていっているというわけですね、という指摘に対し、支部長は

「そうですね。狂っていたほうが幸せな世の中ですから。
とにかく、我々のやっていることは合法ですよ。なんら危うい部分はありません」

と応えた。

我々は支部長の許可のもと、他の所属者にも取材を行った。

「僕たちはパイ生地をこねてます。材料だけは創造魔法を使って、後は時間の極限圧縮もせずに手作りで。こういうのっていいですよね。自分で作ってるって感じで。

クリームを作っている支部や、チョコレートを作っている支部もあるらしいです。
パイ生地を焼く……? それは考えたことありませんでした。食べるのが目的なんじゃなくて、作ることが目的なので」

「スイーツを作っていると精神が落ち着きます。私は魔法があまり上手じゃないので、手作りっていうのが良いですね。
皆で一緒に作っていれば……神様だって作れるんじゃないかしら」

我々の取材の限り、少なくともパラノイア・メタノイアの活動に違法性は見られなかった。

しかし、この団体がスイーツを作るだけの平和なサークルと思えないこともまた、事実である。

真相は何を示すのか、今後もこの団体に注目していきたい。

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