世界には、まだ知られていない謎が無数にある。誰も足を踏み入れたことのない場所――”未踏深域”もその一種だ。
世界地理院を初めとして、多くの政府・団体が長年にわたり調査を進めているが、踏破に成功したのはいまだ全体の一割にも満たないと言われている。
そんな未踏深域のひとつである<Gokshqi>、一般名「アーカー地下大空洞」をついに踏破したとして、探検家エシュラ氏の率いるエシュラ調査隊が地表への凱旋を成し遂げた。前回、大空洞の構造に関する有力な情報が得られた本調査から、実に74年もの時を経て、再びその名を世界に轟かせることとなった。
<Gokshqi>は、南部地方地理団ガイアの管轄にある未踏深域で、旧アーカー遺跡の真下に位置する大空洞。名前の由来は、古代アーカー語で『空隙』を表す単語である。ガイアの定めた予想踏破難度はYupitaで、未踏深域の中では低難度にあたるが、我々にとって過酷な環境であることに変わりはない。
<Gokshqi>の持つ最大の特徴は、異常なまでの大気・魔力子の密度の薄さ。空気をあやつる高度魔法の使用は必須である上、熟練の魔術師でなければ数分の滞在さえも困難だという。隊員には常人の数倍の能力を発揮できる呼吸器のほか、暗所や閉所、混乱した状況における強い精神安定力などが求められ、入隊には非常に高いハードルが設けられている。
エシュラ氏の帰還から数日が経過したが、当人は極度の疲労のために入院し、まだ意識を取り戻していない。他の隊員たちもみな満身創痍の様子で、その数は調査開始時から半数以下にまで減少していた。
後日行われた記者会見にて、調査隊の帰りを待っていた<Gokshqi>管轄部代表のエス・テレーゴ氏は、帰らなかった調査隊メンバーに対して重々しく弔辞を述べるとともに、調査隊の成果について真剣な面持ちで語った。
「<Gokshqi>から見つかった成果物には、古代の文明人たちが用いていたとされる古魔法の情報が多分に含まれていました。現状は再現不可能だとされている、根源魔法の数々に関わる手がかりも確認しています。あれほどの環境の中、かつての人類がどのように生活を営んでいたのか。その謎を解明し、我々の将来に活かすための研究において……エシュラ調査隊のもたらした成果は、大いに役立ってくれるはずです」
話の途中、苦い表情でくちびるを噛みしめる様子を見せたテレーゴ氏。声は震え、目にはかすかな涙の色が浮かんでみえた。
かつて自身も調査隊に参加し、74年前の本調査にも同行したテレーゴ氏にとって、今回の報告がいかに重大なものなのかは想像に難くない。そしてそれと同時に、どれほどの苦難と無念さの上に築かれた成功なのか、ということも。
このたびの踏破にあたり、ガイアは死者を含む調査隊全員に名誉ある称号の授与を予定。外部団体からも研究資金・環境等の寄贈がつぎつぎに行われており、その件についても改めて感謝を述べる声明を発表した。研究の進展は今後、ガイア広報部から各国の外交窓口を通じて、定期的に全世界へと通知がなされる。
人間の好奇心や冒険心を掻き立ててやまない未踏領域。その最奥で眠りつづける、遥か古代の遺物たち。それらがもたらす叡智の数々は、私たちの世界をいかなる場所へと導いていくのだろう。