アイアス探訪記①~蒸気の街の時計店~

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「Maho ONLINEで取り上げられている事象はハウザル地方の物が多いですが、私たちの住むアイアス地方も素敵な場所なので、今度ぜひ取材に来てください」
編集部に届いた一通のメールをきっかけに、筆者はアイアス地方のクロックタウンへと飛んだ。

アイアス地方はハウザルの西に位置しており、ハウザルと比べて土地の魔力が少なく、古来より魔法を使って生活する者たちにとっては住みづらい場所とされてきた。
しかしアイアスの人々は、アイアスでしか産出しない魔力を帯びた鉄鉱石「アイアス・フェルム」と蒸気エネルギーを利用し、独自の社会を築きあげていったのである。
人々の“科学”への関心が高まりつつある今、魔法に頼らない生き方に興味を持った観光客がアイアスを訪れることも増えているようだ。

「メールを送ったのは町長です。今日は急な用事でご不在なので、私がお相手させていただくわ」

クロックタウンの老舗時計店「ノヴァーリス」の若き店主、マリールビーさんはいたずらっぽく小首をかしげた。店内は様々な形、機能の時計が壁一面に掛かり、ひんやりとした空気とマリールビーさんが淹れてくれたコーヒーの香りが漂っている。

クロックタウンはその名の通り、時計の製造で発展した街である。町中のいたるところ、室内はもちろん外にもたくさんの時計が立ち並び、大小数百の時計店がその技術を競い合っている。新しい時計の発明はその後、別の街の別の技術に応用されていく。マリールビーさん曰く、クロックタウンはアイアスの「はじまりの指先」なのだそうだ。

「ここ最近、観光の方も増えてきて。鉄まみれの街を見ても面白いのかしら?」

妖精族は鉄が苦手というが、そうでない種族にとっては無数のパイプが組み合い、街全体が一つの生きもののようにうごめく様子は大変に興味深いだろう。
ファッション一つとってみても、ハウザルの服は杖を振る腕を邪魔しないようにゆったりとしたシルエットのものが主流だが、アイアスの民は歯車などの装飾が多く、体のラインを強調する服を着ている人が多い。

リベットの露出するガチャガチャとした建物、見たことのない色のガラスや液体燃料、灰色の空を立ち上る煙……ここにあるものひとつひとつが外部の民には珍しく、新鮮なのだ。

「私の父の世代くらいまでは、アイアスの民は魔法を捨てた、裏切ったとして隠れるように生きる人たちも多かったんです。幸か不幸か土地は魔力が少ないだけで作物は普通に実ったし、外部と交わらなくても生きていけるようになってしまったから……国の魅力だ、観光だと言い始めたのは本当にここ百年くらいなのよ。それも外の国々に手をひかれるような形だったし」

インタビューは初めてだと言うが、マリールビーさんはハキハキと国の事情を話してくれた。その傍ら、手は止まらずに何か小さな人形を作っている。

「これは今日のお土産ということで、インタビューが終わったら差し上げます。小さいけれど、ねじを巻けば歩き出す時計なの」

ブリキの人形は、なんとからくり時計だったのである。

「私は父の技術を受け継いだだけ。父は間違いなく、街一番の時計職人でした。父の技術を失わないようにするのが精いっぱいで、まだ私自身の新しい時計は生み出せていないけれど……いつか必ず、ノヴァーリスの看板を胸を張って背負えるような職人になります」

出来上がったからくり時計をいとおしげに見つめるマリールビーさん。町長は筆者と彼女を会わせ、彼女の魅力を記事にするためにわざと用事を入れたのでは……などと、余計な詮索はしないでおこう。

それにしても、こんなにたくさんの種類の時計があったら人型の時計が存在してもおかしくはない。
マリールビーさんと街を散策しながら、半分は冗談のつもりでそう言ってみた。
彼女は一瞬はっとした表情を見せ、寂しげな笑みを浮かべた。

「もしもそんな時計があったら、あなたはそれをどう思う?」

彼女の最後の言葉と微笑みの意味を理解できないまま筆者が原稿を作成していたところ、また一通のメールが届いた。
このメールを引用し、記事の締めとさせていただく。

クロックタウンの町長です。先日は同席できず、申し訳ありませんでした。
マリールビーのことを、すべては聞かなかったのですね。彼女に許可を取り、この場をお借りして本当のことを伝えます。この話を含めて記事にしてください。
マリールビーは、「ノヴァーリス」先代店主がその人生をかけて製作した全自動からくり時計人形です。先代は子供に恵まれず、技術の継承先を自ら作り出したのです。ノヴァーリスの時計技術は街の心臓のようなものであり、同時に彼の技術を全て記憶したマリールビーも、街全体で守らねばならない存在です。
先代は153年前、マリールビーに人格を与えたところでその命を終えました。生まれたばかりのマリールビーを、この街は娘のように育て、見守ってきました。
マリールビー自身の価値観は少し古いものなので、自分が人形だとばれたら外の人々は不気味がるのでは、と心配していたようです。アイアスではわりと、人形が当たり前のように表を出歩いていることもあるのですが……。
アイアスが外の世界へ向かって羽ばたいていこうとしているなか、いまだこの蒸気都市に対して冷たい、無機質なイメージを持つ人々も多いと聞きます。鉄は冷たいですが、鉄とともに発展したこの街の心は確かに温かい。マリールビーを通して、魔法使いの皆様にもそれを知っていただけたら幸いです。

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