この度、マルクトア公国ラウゴーア地方にあるルタザシャ岩窟が新たに世界遺産に認定された。同国における世界遺産の登録は、150年前に登録されたテオバルド鉱山帯に続いて2つ目となる。
ルタザシャ岩窟は、第4次魔法大戦の際に敵国軍から逃れたオーク族の人々がシェルターとして活用していた場所である。
この岩窟はルタザシャ山に数箇所あり、今回はこれらの全てが登録遺産の対象となっている。もっとも大きな岩窟は直径30m、奥行は8km程のものとなる。
現在は観光地として各岩窟までの山道も整備され、身体能力の低い人間族であっても比較的辿り着きやすくなってはいるが、戦争当時はオーク族ですら5人に1人しか辿り着けない過酷な場所であったと言われている。
その理由としては、ルタザシャ山の山肌にある。岩窟に辿り着くには、木々も生えていない岩ばかりの斜面を降りていかなければならず、足腰の弱い老人や、子供、女性は多くが滑落し、捕虜になることからは逃れられたものの命を落とした。
この背景からも推察されるように、この岩窟は他種族には容易に辿りつけない場所であり、シェルターとしてはかなり強固で有効であった。そのため、他種族からの侵攻から逃れたという点においては、オーク族の人々に安心をもたらした。
しかしながらそれは束の間の安寧であり、岩窟内では更なる問題が待ち受けていた。
何故なら、ルタザシャ山は鉱山としてはたいへん優れている山であっても、植物を生育するには非常に厳しい環境であったからだ。
そのため人々は十分な食糧を確保することができず、今度は飢えとの戦いを余儀なくされた。
この問題でも最初に犠牲になったのは弱者である老人や子供達であったが、悲劇はそこで留まらなかった。
日に日に積み重なる同胞の亡骸と飢えに苦しみにながらも生にしがみつく人々。そんなぎりぎりの極限状態の日々も長くは続かず、彼等は生への執着から最大の禁忌を犯してしまうことになった。
『同胞喰い』
彼らは生き延びるために、目の前に積み上げられた同胞の死体を食べて生き残ることを選んだのだ。
この事実に関してはその悍ましさ、凄惨さから教科書から一時期削除されている時代はあったものの、現在では伝えなくてはいけない史実として、オーク族は元より全種族の歴史の教科書に記されている。
中でも、多くの教科書に採用されている『ヘルマルク・ラウゴルフの独白』の一節は、強烈なインパクトから誰もが記憶しているだろう。
第4次魔法戦争から間もなく300年が経つ。
戦争当時を知っているオーク族も少なくなった。語り継ぐ者がいなくなれば、この陰惨な戦争も、将来は負のお伽噺として片付けられてしまうことだろう。
しかしながら、ヘルマルク氏の著書にも語られている通りこれらの出来事は事実であり、後世まで遺していかなくてはならない歴史である。
最後に、ヘルマルク氏の独白を用いてこの記事の結びとしたい。
“生き残るには食べなきゃいけねぇんだよ”
それが誰が発したかなんて覚えちゃいない。
でも、その声は決して大きくはないが、岩窟内にのオーク族全員に聞こえていることは何となくわかったんだ。
何万人といるのにだ──誰ともわからないその声が響いてからの出来事はあっという間だったさ。
誰しもが死体の山に駆け寄って行くんだ。昨日までは間違いなく人としてその死を悼んでいたみんな普通の連中がだ、今日には食糧として同胞の死体を見ているんだ。血走った眼でな。
そこからは地獄だった……朝夕問わず骨を砕く音や内蔵を啜る音が聞こえてくるんだ。
あんた、自分の妹が喰われているのを見たことあるかい?
なら、自分の親友を喰ったことは?
俺はな、親友だった男とその嫁とそれから子供。その3人を喰って今日まで生きてきたんだ──
──ヘルマルク・ラウゴルフの独白 序章より──