昨年、レドゲス民主国が15歳以下の国民に教育を受けさせる制度を実験的に施行し、その教育内容が「ただ知識を詰め込んでいるだけの無意味な教育」だとして、エズカン教育推進教会から批判を受けました。
そんなエズカン教育推進教会本部が存在するユスティア王国も、教育において深刻な問題を抱えているようです。
ユスティア王立大学魔術科といえば、魔術師養成プログラムを行っている教育機関のうち、最高峰に位置する大学です。
そのユスティア王立大学魔術科の学生に対し、王立大学教育学部の学生が魔術の習熟度の調査を実施。
その結果、実践魔術においては高成績を叩き出す一方、基礎的な“魔術原理”の項目では異常に低い成績が出たのです。
特に驚きなのは、調査を受けた学生の実に8割が「魔法陣は描けるけどなぜ描かなきゃいけないのかはわからない」という状態だったことです。
そもそも魔法陣とはなんでしょうか? 我々が魔法陣と言っているものは大きく分けて2種類あります。
1つは魔術式の一種、“陣型魔術式”。
もう1つは魔術を行った際に発生する円形の模様、“魔力子放射”です。
魔法陣とはいわばこの2つの俗称なのです。
陣型魔術式は、魔術の構造をわかりやすく見えるようにし、なおかつ魔力を秩序立った方向へ導く為のルートとなるものです。術式を書かなくても複雑な魔術を扱えるラナヤン・レインマンのような魔術師もいるにはいますが、誰もがラナヤンのような魔物級の天才にはなれないので、普通は高度な魔術を行う時は術式を書きます。その中でもポピュラーなのが陣型魔術式なのです。
魔力子放射は、空気中に分散している魔力子という魔力を生み出す粒子の一種が湖面に雨粒が落ちるように円形の波を立てて流れる、いわゆる自然現象なのですが、魔術物理学と魔術工学の発展により、魔力子放射の波の形を自由に変化させることができるようになりました。
ではなぜ波の形を変化させる必要があるのか?
ここがまさに、ユスティア王立大学魔術学部魔術科の学生の8割が答えられなかった問題なのです。
王大魔術科のカリキュラムには、実践魔術の訓練として魔法陣の描画演習があります。そこで使う教科書の最初のページに、なぜ魔法陣を描かなければならないのかの答えが書いてあるのです。
私は王大の学生ではありませんが、特別なルートでその教科書を入手しました。
魔力子放射の制御は実践魔術において欠くことのできない技能である。
魔力は本来無秩序な力であり、なおかつ強力であるため、魔術師はその力の挙動に常に注意を払わねばならない。
魔力子の演算不可能な運動は制御によって演算可能となり、魔力の支配は容易になり、君や君のクラスメイトの腕は吹き飛ばされなくても済むようになるのである。
なぜ魔法陣を描く必要があるのか?
その答えは、「魔力子を制御して事故を防ぐため」です。
魔法陣は安全に魔術を扱うための大切な要素だったのですね。それ故に、王立大学魔術科は魔法陣描画演習の授業で多すぎるくらいに魔法陣を描かせるのです。
そのことが、学生が魔法陣を描くことに集中しすぎて魔法陣の意義を忘れてしまう、という状態を生んでしまったのはなんとも皮肉なものです。