
季節外れの寒波が襲来し、政府が防寒の徹底を呼びかけている。
原因について、専門家たちは「アイスドラゴンの風邪」とおおむね一致した見解を出している。
筆者が国境なき魔法医師団に取材を試みたところ、拠点はもぬけの殻であり、机の上には「氷竜に風邪薬を届けに行ってきます」とメモだけが残されていた。
アイスドラゴンは『世界の果て』に棲む1頭の巨大な竜である。この竜が一日に一度吐き出す氷点下の息は、世界の果てからはるばる海を渡ってこの大陸までやってくる。海を渡るあいだに温度が上がり、たくさんの水蒸気を含んだ空気の塊となって大陸へ到達、各地に雨をもたらすのである。
しかしアイスドラゴンが風邪をひいてしまった場合、吐き出す息の温度は絶対零度付近にまで下がり、息は氷点下のまま大陸に到着してしまう。
今回の寒波はそれが原因であると予想されている。
温暖な気候で知られるアンガスの森では、数百年ぶりに樹木に霜が降りた。
アンガスの森で暮らすエルフたちも異例の事態にてんてこ舞いだ。
「耳当てがね、ないんですよ」
エルフ族・ヴェイナ氏は語る。
防寒着の備えがなかったため町に出ていろいろと買い込んだはいいものの、耳当てだけが見つからなかったという。
「ほら、私たちって他の種族より耳が長いでしょう? 普通の耳当てだと、飛び出しちゃって意味がないの。だからって無理に折り曲げると痛いし、ねえ」
ヴェイナ氏の両耳には、机の脚に着けて床に傷が入るのを防止するためのカバーがすっぽりと被せられていた。
「あっ、これは代用してるだけなの。あんまり見ないでっ」
人々は寒そうに俯き、足早に行き交う。普段は活気がある町もなんだか静まりかえっている。と思ったら、公園のほうからは元気そうに遊ぶ子供たちの声が響いてきた。
「アイスドラゴンさんがいる『世界の果て』って、とっても寒いんでしょう? 風邪ひいちゃうぐらい寒いところにずっといるなんてかわいそう。わたし、いつかアイスドラゴンさんにも着られるようなおっきなコートとマフラー編んで、届けにいってあげるの!」(公園で遊んでいた女の子)
寒空の下で取材してまわっていた私は今にも凍えそうであったが、心はほかほかと温まった。
アイスドラゴンの棲む『世界の果て』までは最短でも1週間かかるため、寒波もあと1週間は続くとみられている。
風邪などをひかないよう、しっかりと防寒対策をおこなってほしい。