
呪文の詠唱を苦手とする魔法使いは多い。
発音の難しい単語が多く、さらに一度でも詰まったり噛んだりするとまた唱え直し……詠唱の終盤で失敗して「ああもう!」となった経験がある方も決して少なくないだろう。
そして公式にもっとも長いと言われているのが、レガリア国の建国記念式典にて国王によって暗唱される習わしの呪文『シェアハピ』である。
先日おこなわれた記念式典では国王が初めて最後まで『シェアハピ』詠唱に成功し、感動を巻き起こしたばかり。
国民の健康と幸福ならびに国の繁栄を祈る内容で、文字数にしておよそ5000、すべて読み終えるのに15分ほどかかる。
さらに『シェアハピ』は一冊の魔導書に記載されており、呪文は魔導書の気分によって毎年変更されるため、国王は毎年新しい呪文を覚え直すことになる。
途中で失敗してしまうと国の運勢が傾くと言われているため責任重大である。
ところがなんと、今回国王の詠唱に不正が発覚したという。
当代国王アウグスティヌス・フォン・レガリアは、呪文の詠唱が苦手な王として有名である。
前年度の呪文詠唱では開始30秒で舌を噛み、最速記録を打ちたてたばかりだ。
それが今年の式典では、突然すらすらと最後まで完璧に詠唱を終えたのである。
この結果を不審に思ったとあるゴシップ誌の記者が使い魔を飛ばし、関係者の会話を偶然聞き取ったところ……なんと鏡魔法を応用した高度なカンニングペーパーが使われていたというのだ。
演壇は国王を護るための透明な魔法防御球膜で覆ってあり、国王はその中に立って呪文を詠唱する。
その膜に半透鏡魔法(※通常の鏡魔法とは異なり、表側から当てた光は反射するが、裏側から当てた光は透過するような鏡を創りだす)を用いることで、国王側から見たときだけ呪文が映し出されるという。
当然、国民側から見てもただの透明な膜にしか見えない仕組みだ。
この疑惑は国中で広まり続け、国王はついに会見を開いて
「そのような事実はない。一年に一度の詠唱は国王として欠かすべからざる義務であり、私は入念な暗記と詠唱練習を繰り返してから本番に臨んでいる。上手になったとするならば、それは私の努力の成果である。誰が言い出したのか知らないが、無責任な噂を流すのはやめていただこう」
と防御膜の内側から流暢に語った。
ちなみに、呪文で国の運勢が左右されるというのは言い伝えに過ぎない。
これまでも数年に一度は国王が詠唱を途中で失敗していたが、レガリアはいまだ存続している。
建国記念式典では国民が「何分で失敗するか」などの賭けで盛りあがる一幕もあり、呪文の効果も疑問視されていることから、あくまでも儀式の一環という形である。