78週15日夕方、フィレワ北部ノロクディリ地区で、AMMA(Automatic Magic-based Mental Arithmetic、自動魔力暗算)を使用し、“ハブラーワ数”の計算を行おうとしたエルフが一時的に意識不明になった。エルフは同地区の病院に搬送され、現在は回復している。
AMMAとは、魔力を介して脳のリソースを使用し、自動的に暗算を行う連鎖実行的魔法群、およびその魔術ライブラリ。従来の電子計算機などに比べ、魔力という比較的曖昧な量を介して計算を行うことで計算の厳密さを下げ、概数での計算を可能にしつつも、暗算以上の正確さや高速さ、そして電子計算機以上の「利用しやすさ」「思念との一体性」を実現できるのが特徴だ。
新しい魔導技術に比較的抵抗の少ない若い世代を中心に広がりを見せ、一部の中等学校でも教育に用いられている。
今回のケースは計算によって脳のリソースを急激な速度で消費し、またあまりにも巨大すぎる数を直接”理解”しようとした負荷の複合的な要因による失神であったとみられるが、エルフは軽症であり翌日には回復した。使用されたAMMAは、公式に配布されている標準的詠唱/無詠唱魔術ライブラリのものと異なっていることが分かっている。魔力消費量等の制限を外した独自の改唱が施されていたとみられ、事故の原因とみて詳しく調べている。
エルフが計算しようとした「ハブラーワ数」とは、近代の小説家ハブラーワ・クラフ・スラユァータ(Hablurwa Khrah Slujyahta)が執筆した小説『星の梺』に登場する占いで現れる数。
5×5マスのチェスボードの1マス目に1桁の(基本的には2以上の)数で最も好きな数を書く。2マス目には『1マス目に書いた数』桁の数の中で最も好きな数を、3マス目には『2マス目に書いた数』桁の数の中で最も好きな数を、と順々に書いていく。さて、チェスボードは5×5=25マスあるわけだが……25マス目の数字で未来を占おう。
──『星の梺』より抜粋
あまりに大きな数字になってしまうため、この小説では占いを行うことなく即座に終了してしまう。しかし、この占いを取りあげた記事が話題となり、25マス目に現れる数が“ハブラーワ数”として知られることとなった。実際に計算しようとする場合、おおむね10^10^10^…(25回続く)…^10となる。
公式に配布されているAMMAもかなり大きな数が扱えるが、ハブラーワ数のような巨大数は一般的に想像が可能なレベルの数と比較にならないほど大きすぎる。そのため、数そのものによって脳の計算能力や思考能力、リソース等が、通常考えられないほど使用される。このことによって引き起こされる同様の事故は数年に1回程度起きている。
一昨年には2名がAMMAであまりに複雑すぎる再帰計算(ある計算内で、その計算そのものを参照して計算すること。複雑な計算タスクを引き起こしやすい)を扱おうとしていずれも失神、転倒し軽傷を負った。また、1277年には1名が意識をなくし、そのまま亡くなっている。どれも主に魔力の使用量制限を外す改唱が施されていたとみられており、魔技庁は注意を呼びかけている。
ノロクディリ国立大学で数理・アルゴリズムを研究しているルーボ・クラトゥー教授は、「魔法というのは知っての通り、思念によって既存の物理を超越できる非常に便利なもの。だからといって、必ず安全であるとは限らない。AMMAという例ひとつでもそうだが、魔法は使い方を間違えたとき、必ずその刃が誰かに刺さることになる。この事故を反面教師に、特に独自の改唱を行って安全性が確保されていない魔法の使用に際しては、もっと責任感を持つよう考えるべきだ」と話した。