一騎当千のパラディン、少女と洞窟の竜、七体の精霊の泉……世界にはさまざまな伝承があり、古来から現在まで、その多くが絶えることなく伝えられつづけている。
中でも、北方のライアン=ベル地方に広がる「勇者」の伝承は、その代表と言っても過言ではないだろう。数百年前、ライアン=ベル全域を暴虐な手段で統べていた巨悪・橙魔族を、たったの一夜で撃破したひとりの人間。その噂は瞬く間に広がり、今では種族や年齢を問わず、同地方で暮らす誰もが知る物語となった。
さて、そんな勇者であるが、このたび本人が見つかった。伝承を耳にして「もしや自分のことでは…」と思い、自ら名乗りを上げたのである。
勇者の正体は、旅人のラ・ロルメン氏。彼は数日前、ライアン=ベル最南端にあるクウラン村へとたどりついた。村の人々は彼を歓迎し、夜にはささやかな会を開き、代々伝わる伝承をロルメン氏に聞かせた。
氏は興味深く話を聞いていたが、その最中、ふと猛烈な既視感を覚えたという。眠る直前、これまで記してきた旅の記録書を見返してみると、そこには伝承にとてもよく似た記録が記されていた。
「これは本当に驚くべきことです」
ロルメン氏と直接対面した、ベル王国歴史研究院の主任ブラモ氏は興奮した様子で語った。
ロルメン氏の主張を受け、ブラモ氏は研究院の学者数名を集めて、氏の記録を精査する会合を開いた。その結果、記録書は当時のライアン=ベル地方の状況を極めて正確に記述しているだけでなく、ごく一部の専門家しか知りえない情報まで収めていることがわかったのである。
「伝承は口伝いに広まるものですから、時代が進むにつれて細部が変化し、より伝承らしくなるよう美化されていきます。それゆえに、実際の歴史とは異なる部分が多いのです。しかしロルメン氏の記録には、それらの情報が歴史に忠実に描写されていました」
大きな深呼吸をはさんでから、ブラモ氏はつづける。
「クウラン村の村長から報せがあったとき、『そんなまさか』と思いました。かの伝承の勇者はヒューマン族で、その寿命を考えれば現代に生きているわけがない。しかし実際、彼はほとんど老いた様子もなく、数百年の時を経て我々のもとに再び現れたのです」
ヒューマン族であるはずのロルメン氏が、なぜそれほどの長命を手にしているのか。氏に直接伺ったが、本人も「わからない」と首をひねった。
「父母や兄弟もヒューマンですが、いまだにみんな存命です。一家そろって、知らぬ間にフェニックスの丸焼きでも食べちゃったのかな」と、真顔でユニークな冗談を放った。
会合の後、正式に「勇者」であることが認められたロルメン氏に、王国政府は国をあげて祝祭を開くことを提案。しかしロルメン氏は、「伝承の中の『勇者』と、今の自分とのギャップが凄まじい。人々をがっかりさせたくない」との想いから、丁重にそれを断ったという。
氏は今後、ライアン=ベル地方を北上しながら旅をつづける予定であったが、急遽予定を変更し、早々に離れることに。地方には”おっかけ”が多数集まっているため、それを危惧した結果とのこと。氏は「早く次の『勇者』が現れることを願います」と軽い調子で語ったが、切望のにじむ表情でもあるのが印象的だった。
山奥に篭もり東方魔術の研究ばかりしていると俗世のことを知る機会がなかなか無いもので、アーサー氏の書く記事には助けられております。これからもその広い見聞を世に送り出して貰いたいものです。