全宇宙の情報をすべて記録しているとされる一枚の石盤、通称アカシック・レコード。この巨大な石盤が安置されているのが「アストラル図書館」である。
しかし近年、とある原因で資金難に陥っており、このままでは閉鎖になりかねないという。
「アカシック・レコードの膨張スピードが、増加しつつあるのです」
アストラル図書館でおよそ三万五千代目の館長を務めるホルヘル氏は、資金難の原因についてこう語る。
「アカシック・レコードを取り囲むように建てられているこの図書館は、その膨張に合わせて十年に一度の改築をおこなっています。それが追いつかなくなってきているのです」
アカシック・レコードにはこの世のすべての情報が記載されているが、世界が存在する限り、情報の総量というのは刻一刻と増え続けるものだ。当然、石盤もそれに伴って少しずつ膨張していく。
しかし近年、石盤の膨張速度が急に大きくなったという。
「近年の情報化社会によって、世界に存在する情報の総量が異常な速度で増え続けた結果だと考えています」
項垂れるホルヘル氏。その背後では、ちょうど石盤が図書館の柱をメキメキと押し潰しているところだった。
今では二年に一度改築しても石板の膨張速度に追いつかないという。改築が終わらないうちに新しい部分の改築が始まり、やっと改築が終わった場所はさっそく石盤に押し潰され、今や図書館というより崩れかけの廃屋のごとき様相を呈している。
作りかけの足場も容赦なく押し潰されることで作業員にも死者が出ており、お悔やみの言葉が弔いの儀式に大量に寄せられ、それによって石盤がさらに膨張するという悪循環。
「最近の若い魔法使いは通信魔法器具を肌身離さず持ち歩き、常に誰かと連絡を取り合っています。交わされるメッセージひとつひとつは短くとも、集まれば膨大になるでしょう。さらに風景転写魔法の発達により、自分の見た風景を気軽に他人と共有できるようになりました。転写された風景の情報量は、会話の比ではありません。それらをすべて記録する石盤が異様な速度で膨張するのも、仕方のないことでしょう」(魔法記録学の権威レコルダル氏)
近年取り沙汰されている「情報化社会」の影響は、こんなところにまで及んでいた。
「手紙の慣習は廃れつつあり、古き良き梟便は採算が取れずに廃業の危機だそうですね。これも時代の流れとして仕方のないことなのかもしれませんが、第三万五千、いや六千……えーと……三百……七百かも……とにかく、およそ三万代目の館長としてここを潰すわけにはいきません」(ホルヘル氏)
館長は本日未明、全世界に向けてアストラル図書館への支援を訴える声明を発表した。これは異例のことであり、各国に波紋が広がっている。
いつから存在するのか、何のために存在するのか、すべてが謎に包まれたアカシック・レコード。この世の情報すべてが記載されているというが、そこに刻まれた文字は誰にも読むことができない。
その重要性はさておき、よく考えてみれば図書館がなくなってもアカシック・レコード自体は存在し続ける。
ということは、別に図書館がなくなっても困らないのではないか。
「困りますよ! なくなったら、その、なんというか、アレがアレされます」
私がぶつけた疑問を、ホルヘル氏は慌てたように否定した。
アレがアレされることを防ぐため、各国はどういった対応をおこなうのか。今後の動向を注視していきたい。
石板を魔術で軟体化させて渦巻き状に丸められないかな?
そうすれば石板が横に伸びても全体の大きさが増すスピードは下がると思うけど